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神戸地方裁判所 平成6年(ワ)621号 判決 1998年4月20日

呼称

原告

氏名又は名称

錦商事株式会社

住所又は居所

東京都中央区日本橋小船町一四番四号

代理人弁護士

牛田利治

代理人弁護士

白波瀬文夫

代理人弁護士

岩谷敏昭

輔佐人弁理士

石井暁夫

輔佐人弁理士

西博幸

呼称

被告

氏名又は名称

三洋エンジニアリング株式会社

住所又は居所

東京都江東区毛利一丁目二一番九号三喜ビル

代理人弁護士

山本忠美

輔佐人弁理士

佐々木功

輔佐人弁理士

川村恭子

主文

一  被告は、別紙被告製品目録記載の物件の製造及び販売(ただし、イ号製品のうち別紙Ρ物件写真の製品並びにハ号物件のうち別紙M物件写真及びN物件写真の製品の販売を除く。)をしてはならない。

二  被告は、原告に対し、金二一七万五〇二九円及びこれに対する平成六年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、別紙被告製品目録記載の物件を製造及び販売をしてはならない。

2  被告は、原告に対し、金二五〇〇万円及びこれに対する平成六年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、化学工業薬品等の加工、販売等を業とする株式会社であり、被告は、土木、建築資材の企画、設計及び製造、販売等を業とする株式会社である。

2  原告は、別紙実用新案権目録記載の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を有しているところ、本件考案の構成要件は、

(一) 内部に吸水によってゲル化又はゼリー状化する固形の高吸水性樹脂を封入した非透水性軟質合成樹脂シート製の袋体に、

(二) この袋体内に水を注入するための軟質合成樹脂シート製のパイプを、当該パイプの一端が袋体内に延びて開口し他端が袋体外に開口するように設けた、

との特徴を具備した保冷具であると分説することができる(以下、各構成要件を「構成要件(一)」などという。)。

3  本件考案の作用効果

(一) パイプから袋体内に注水すると、高吸水性樹脂が水分を吸収してゲル化又はゼリー状化し膨張する。高吸水性樹脂は、保冷機能を有するから、冷蔵庫で冷却、凍結すると保冷具として使用できる。

(二) 固形の高吸水性樹脂を袋体内に封入するだけで簡単に製造できるうえ、軽量で嵩張らないので、製造費及び運搬費を低減させることができる。

(三) 運搬に際して袋体を多数積み重ねた場合でも下段の袋体が破れない。また、高吸水性樹脂は、非透水性の合成樹脂シート製の袋体内に封入されているから、別途包装しなくても、運搬や保管に際して湿気や雨で吸水膨張しない。

4  被告は、平成元年一月一日以降、業として別紙被告製品目録記載の各保冷具(以下、これらをまとめて「被告製品」という。)を製造販売している。

5  イ号製品の本件考案の構成要件充足性

(一) 構成要件(一)の充足性について

(1) イ号製品の「袋体」は、「ナイロン及びポリエチレンからなる非透水性のフィルム」に「不織布」を付加したものを材料としているところ、「シート」は「フィルム」の上位概念であるから(「シート」の薄いものを「フィルム」という。)、「ナイロン及びポリエチレンからなる非透水性のフィルム」は、本件考案の「袋体」の材料である「非透水性軟質合成樹脂シート」にあたる。

(2) イ号製品の袋体内の第一の部屋の内部には「吸水によってゲル化又はゼリー状化する固形の高吸水性樹脂」が封入されている。

(3) よって、イ号製品は、本件考案の構成要件(一)を充足する。

(二) 構成要件(二)の充足性について

(1) 本件考案における「軟質合成樹脂シート製のパイプ」とは、「軟質合成樹脂シートで製作した、ガス、液体などを導くための細長い筒」を意味するものである。

イ号製品の「逆止弁」は、長方形状に裁断した二枚の軟質合成樹脂シートを重ね合わせ、その長手方向の左右両側縁を互いに熱融着した構成となっているから、「軟質合成樹脂シートで製作した細長い筒」にあたる。

また、本件考案の「パイプ」は、高吸水性樹脂がゲル化又はゼリー状化しながら膨張するのに伴って、袋体内面に密着した状態で偏平に押し潰され、袋体内部の高吸水性樹脂及び自由水が袋体外に漏れるのを防ぐという機能を有するものであるところ、イ号製品の「逆止弁」も同一の機能を有する。

なお、イ号製品の「逆止弁」には、左右両側縁から斜め内側方向に熱融着線(弁部)が付加されているが、これは、本件考案の「パイプ」の構成と技術的思想を踏襲したうえで、袋体内から袋体外へ水を流れにくくしたものに過ぎないから、右弁部の付加によって「パイプ」の範疇を出るものではない。

よって、イ号製品の「逆止弁」は、本件考案の「パイプ」にあたる。

(2) イ号製品における「逆止弁」も本件考案の「パイプ」と同様に二端が袋体内に延びて開口し他端が袋体外に開口するように」取り付けられている。

(3) よって、イ号製品は、本件考案の構成要件(二)を充足する。

(三) 以上のとおり、イ号製品は、本件考案の構成要件をいずれも充足し、本件考案の技術的範囲に属するから、イ号製品の製造販売は、本件実用新案権を侵害する。

6  ロ号ないしニ号製品の本件考案の構成要件充足性

(一) 構成要件(一)の充足性について

(1) ロ号ないしニ号製品の「袋体」は、イ号製品の「袋体」と同様、「ナイロン及びポリエチレンからなる非透水性のフィルム」に「不織布」を付加したものを材料としているところ、前記のとおり、これは、本件考案の「袋体」の材料である「非透水性軟質合成樹脂シート」にあたる。

(2) ロ号ないしニ号製品の袋体内部には「吸水によってゲル化又はゼリー状化する固形の高吸水性樹脂」が封入されている。

(3) よって、ロ号ないし二号製品は、本件考案の構成要件(一)を充足する。

(二) 構成要件(二)の充足性について

(1) ロ号ないしニ号製品の「逆止弁」は、イ号製品の「逆止弁」と同様に、本件考案の「パイプ」にあたり、その取り付け構造も本件考案の「パイプ」と同じである。

(2) よって、ロ号ないしニ号製品は、本件考案の構成要件(二)を充足する。

(三) 以上のとおり、ロ号ないしニ号製品は、本件考案の構成要件をいずれも充足し、本件考案の技術的範囲に属するから、ロ号ないしニ号製品の製造販売は、本件実用新案権を侵害する。

7  ホ号及びヘ号製品の本件考案の構成要件充足性

(一) 構成要件(一)の充足性について

(1) ホ号及びヘ号製品の「袋体」は、「非透水性のポリエチレンフィルム」の材料としているところ、前記のとおり、これは、本件考案の「袋体」の材料である「非透水性軟質合成樹脂シート」にあたる。

(2) ホ号及びヘ号製品の袋体内部には「吸水によってゲル化又はゼリー状化する固形の高吸水性樹脂」が封入されている。

(3) よって、ホ号及びヘ号製品は、本件考案の構成要件(一)を充足する。

(二) 構成要件(二)の充足性について

(1) ホ号及びヘ号製品の「逆止弁」は、イ号製品の「逆止弁」と同様に、本件考案の「パイプ」にあたり、その取り付け構造も本件考案の「パイプ」と同じである。

(2) よって、ホ号及びヘ号製品は、本件考案の構成要件(二)を充足する。

(三) 以上のとおり、ホ号及びヘ号製品は、本件考案の構成要件をいずれも充足し、本件考案の技術的範囲に属するから、ホ号及びヘ号製品の製造販売は、本件実用新案権を侵害する。

8  原告の損害

(一)(1) 原告は、本件考案の実施品である保冷具を製造販売している。

(2) 被告は、本件考案の出願公告の日より後である平成元年一月一日から平成五年一二月三一日までの間、被告製品を合計二五〇万袋以上製造販売し、少なくとも二五〇〇万円の利益を得た。

(3) よって、被告の右侵害行為によって原告が被った損害の額は、二五〇〇万円を下らないものと推定される(実用新案法二九条一項)。

(二) 原告は、本件訴訟の提起・追行を原告訴訟代理人である弁護士及び原告輔佐人である弁理士に有償で委任したので、弁護士及び弁理士費用として二〇〇万円の支出を余儀なくされた。

9  よって、原告は、被告に対し、実用新案法二七条に基づき、被告製品の製造販売の差止めを、民法七〇九条、実用新案法二九条一項に基づき、右8のうち二五〇〇万円の損害賠償金の支払及びこれに対する平成六年一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3については、本件考案の実用新案公報(以下「本件公報」という。)にその旨の記載のあることは認めるが、本件考案がそのとおりの作用効果を奏するとの点は否認する。

本件考案の「パイプ」は、注水前は密着しておらず、内部に空気を含んでいるから、袋体内の高吸水性樹脂が「パイプ」を通って袋体外に漏れることがある。注水後も「パイプ」の両端部分はU字形になり完全に密着することはないし、内圧の変化により、袋体内の「パイプ」の開口部が開くことがあるから、高吸水性樹脂に吸収されない自由水が、袋体外に流出することがある。このように、本件考案の「パイプ」は、逆流防止機能が不十分であるから、本件考案は原告主張の作用効果を奏しない。

だからこそ、原告も自己の製品には「パイプ」ではなく、被告製品と同様の「逆止弁」を使用しているのである。

3  同4の事実は認める。なお、ロ号製品に該当する被告製品には、別紙O物件写真の製品(以下「ロ号O製品」という。)と別紙H物件写真の製品(以下「ロ号H製品」という。)とがあり、ハ号製品に該当する被告製品には、別紙M物件写真の製品(以下「ハ号Μ製品」という。)と別紙N物件写真の製品(以下「ハ号N製品」という。)とがあり、ホ号製品に該当する被告製品には、別紙J物件写真の製品(以下「ホ号J製品」という。)と別紙K物件写真の製品(以下「ホ号K製品」という。)とがある。

4  同5のうち(一)(2)の事実は認め、その余は否認する。

5  同6のうち(一)(2)の事実は認め、その余は否認する。

6  同7のうち(一)(2)の事実は認め、その余は否認する。

7  同8は否認ないし争う。原告が製造販売している保冷具は、本件考案の「パイプ」とは異なる「逆止弁」を使用しているので、本件考案の実施品とはいえない。また、被告が、被告製品の販売によって得た利益の額は、合計一四七万五〇二九円にすぎない。

8  同9は争う。

三  被告製品の構成要件該当性についての被告の主張

1  被告製品が構成要件(一)を充足しないことについて

(一) 本件考案における「袋体」の定義原告は、本件考案の出願審査の過程で特許庁審査官に対して提出した意見書において、実用新案公報(実公四九―一三九二七号)に記載の「非透水性軟質合成樹脂シートを二枚重ね合わせ、四周を熱融着して形成した袋体」について「袋体の構造が本件考案とは全く異なる」と主張しているし、もともと、本件考案は、公知技術の組み合わせによって構成されているものであるから、その技術的範囲は、明細書記載の実施例に限定されると解すべきである。そして、右実施例における「袋体」は、「軟質合成樹脂シート製の筒体の両端部を熱融着することによって形成」されているから、本件考案における「袋体」とは、「筒体の両端部」を熱融着して形成した非透水性軟質合成樹脂製の「一重」の「シート」の袋体でなければならない(この場合、「袋体」内部の空間、収納部は必然的に一つとなる。)。

(二) イ号ないしニ号製品の「袋体」の構成

(1) イ号ないしニ号製品の「袋体」は、その四辺を熱融着して形成されている。

(2) イ号ないしニ号製品の「袋体」の材料である「不織布の片面にポリエチレンをバインダーとしてナイロン及びポリエチレンからなるフィルムをラミネートした非透水性のシート」は、外側・不織布による結露防止機能を有し、本件考案の出願時にはこの種保冷具において使用されていなかったシートであって、単なる軟質合成樹脂製の「一重の」シートではない。

(3) また、この種の保冷具を取り扱う業界においては、「シート」(厚さ〇・二ミリメートル以上)は「フィルム」(厚さ〇・二ミリメートル未満)と明確に区別して理解されているから、イ号ないしニ号製品の「袋体」の材料のうち、「ナイロン及びポリエチレンからなるフィルム」の部分だけを取り出しても、本件考案の「袋体」を構成する「シート」にはあたらない。

(4) さらに、イ号製品の「袋体」の内部は、独立した二室が一体不可分に形成された二室構造となっている。

(5) 右のとおり、イ号ないしニ号製品の「袋体」は、本件考案の構成要件(一)を充足しない。

(三) ホ号及びヘ号製品の「袋体」の構成

ホ号及びヘ号製品の「袋体」は、「ポリエチレンフィルム」を材料としているから、本件考案の構成要件(一)を充足しない。

2  被告製品が構成要件(二)を充足しないことについて

(一)(1) 「パイプ」とは、その用語の一般的な意味からして、「中空の細長い管」を指すものと解される。

(2) 本件考案の明細書の「考案の詳細な説明」の欄には、「当該パイプは、高吸水性樹脂が吸水膨張するのに伴って偏平に押し潰されながら袋体内面に押しつけられて塞がれることになる」との記載があり、明細書記載の実施例の欄にも、「軟質合成樹脂シート製のパイプは、高吸水性樹脂が膨張するのに伴って袋体内面に密着した状態で偏平に押し潰され」、「袋体内の高吸水性樹脂及び水」は、「偏平状に押し潰されたパイプから袋体外に漏れることはない」との記載がある。

(3) また、原告は、出願審査の過程で特許庁審査官に提出した意見書において、本件考案は高吸水性樹脂の膨張作用を利用して密封するという点において、公知技術(実開昭五八―三〇四一九号、実開昭六〇―八一五二八、実開昭四九―一三九二七)と異なるものであると主張した。

(4) さらに、特許庁審査官は、本件考案についての登録異議の申立てに対する決定において、本件考案は、高吸水性樹脂の吸水膨張にともないパイプが袋体内面に偏平に押し付けられることによって、ゲル化又はゼリー状化した高吸水性樹脂及び自由水が袋体の外に漏れるのを完全に防止するという作用効果を奏するものであり、この点において公知技術とは異なると判断した。

(5) よって、本件考案における「パイプ」とは、細長い中空の管であり、かつ、高吸水性樹脂の膨張に伴って「偏平に押し潰されることによって」袋体内部を密封する機能を有するものでなければならないと解すべきである。

(二) また、前記のとおり、本件考案の技術的範囲は、明細書の実施例に限定されるところ、右実施例においては、「パイプ」は「袋体」と同一の材料で形成されており、かつ、その外周面と「袋体」とを熱融着することによって取り付けられている。

(三)(1) 被告製品の「逆止弁」には、左右両側縁及びその両側縁から斜め内側方向に向かって熱融着線が設けられているので、高吸水性樹脂の膨張作用を利用しなくても、熱融着線(弁部)の傾斜と逆方向の流通は阻害されることとなる。したがって、被告製品の「逆止弁」は、それ自体が水又は空気等の流体に対して逆流防止機能を有するものであるといえる。

(2) 被告製品の「逆止弁」は「袋体」とは異なる材料で形成されている。

(3) 被告製品の「逆止弁」は、外周面だけでなく、注水口を残した内側部分も「袋体」と熱融着して取り付ける構造となっている。これは、「袋体」の内圧が急激に高くなった場合に「逆止弁」が裏返しになって「袋体」から飛び出してしまうのを防止するためのもので、「逆止弁」がそれ自体で逆流防止機能を有することによる特有の構造である。

(四) したがって、被告製品は、本件考案の構成要件(二)を充足しない。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  原告が、その製品に熱融着線(弁部)を付加した「パイプ」を使用しているのは、発注先の要請によるものであり、熱融着線(弁部)を付加しない「パイプ」の作用効果に問題があったからではない。

2  イ号ないしニ号製品の「袋体」の材料に「不織布」を使用したこと及びイ号製品の「袋体」の内部を二室構造としたことは、いずれも本件考案の技術的思想を踏襲したうえで、別の効果(不織布は結露を防止するため、二室構造はそのうちの一室に気体を封入するため)を付与するために過ぎないから、構成要件の充足性には影響しない。

五  抗弁

1  原告の承諾

ロ号H製品及びホ号製品は、いずれも、被告が原告との共同の営業活動の中で、原告の承諾の下に製造したものであるから、原告は、右各製品について本件実用新案権に基づく差止請求権及び損害賠償請求権を行使することはできない。

すなわち、被告は、平成五年一月ころ、原告から株式会社シック(以下「シック」という。)を紹介され、被告代表者と原告社員鈴木課長代理がシックを訪問して保冷具の販売活動を行ったのであるが、ロ号H製品及びホ号J製品は、被告が、シックの要請に沿う形で製造し納入した試作品であり、ホ号K製品は、被告が、最終的にシックに販売した商品である。被告は、平成五年六月、シックにホ号K製品を販売できた見返りとして、原告から原告の製品「テクノアイス」二万袋を合計六七万九八〇〇円で購入した。

2  和解契約の成立

(一) イ号製品、ロ号O製品及びハ号製品(以下、これら製品を「和解物件」という。)は、いずれもエスピーケミカル株式会社(以下「エスピー社」という。)が平成元年一月から平成四年三月までの間に加工又は製造し、被告が三井物産株式会社(以下「三井物産」という。)から同製品から購入し、取引先に転売した製品である。

原告とエスピー社及び三井物産は、平成四年一〇月一日、同日付けの覚書(乙第二八号証、以下「本件覚書」という。)を交わすことにより、三井物産が原告に対し損害賠償金として二七〇万円を支払い、原告が和解物件についての差止請求権及び損害賠償請求権を放棄するとの和解契約を締結した(以下「本件和解契約」という。)。

(二) したがって、原告は、和解物件については、被告に対し、本件実用新案権に基づく差止請求権又は損害賠償請求権を行使することはできない。

六  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  抗弁2(一)の事実は認め、(二)は争う。

七  再抗弁(抗弁2に対し)

1  錯誤無効

原告は、エスピー社が、平成四年四月一日以降、本件実用新案権を侵害する行為をしないことを約束したので、これを信じて本件和解契約を締結したのである。

しかし、エスピー社は、本件和解契約の直後から本件実用新案権に抵触する製品の製造販売を行っており、右約束を守る意思がないのに本件和解契約を締結したことが明らかである。

したがって、原告の本件和解契約にかかる意思表示は、動機に錯誤があり、かつ、右約束は本件覚書4項に明示されて本件和解契約の要素となっているから、右意思表示は民法九五条により無効となる。

2  詐欺取消し

右のとおり、エスピー社は、本件実用新案権侵害行為を中止する意思がないのに、あたかもその意思を有しているかのように原告を欺罔し、原告に本件和解契約を締結させた。そこで、原告は、平成八年一一月一八日、エスピー社に対して、詐欺を理由として本件和解契約にかかる意思表示を取り消す旨の意思表示をした。

3  解除

原告は、平成八年一一月一八日、エスピー社に対し、本件実用新案権の侵害行為をしない債務の不履行を原因として本件和解契約を解除する旨の意思表示をした。

4  停止条件不成就

本件和解契約は、エスピー社が、本件実用新案権侵害行為を中止することを停止条件として締結されたものであるところ、前記のとおり、エスピー社は、侵害行為を継続したから、停止条件の不成就が確定し、本件和解契約の効力は発生しない。

八  再抗弁に対する認否

再抗弁はいずれも否認ないし争う。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれらを引用する。

理由

第一  請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがなく、証拠(甲一、八、九、一一、一二)及び弁論の全趣旨によれば、本件考案は、請求原因3記載の作用効果を奏するものと認められる。

第二  被告製品の本件考案の構成要件該当性について

一  請求原因4の事実は当事者間に争いがないところ、証拠(乙二七の1、2、検甲八、一〇、一一、一三、一四の1、2、一五)及び弁論の全趣旨によれば、ロ号製品に該当する被告製品には、ロ号O製品とロ号H製品とがあり、ハ号製品に該当する被告製品には、ハ号M製品とハ号N製品とがあり、ホ号製品に該当する被告製品には、ホ号J製品とホ号K製品とがあることが認められる。

二  イ号製品の本件考案の構成要件充足性(請求原因5)

1  構成要件(一)について

(一) 請求原因5(一)(2)の事実は当事者間に争いがない。

(二) イ号製品の「袋体」の材料であるナイロン及びポリエチレンが「非透水性軟質合成樹脂」にあたることは明らかであるところ、証拠(甲六の2、一三)によれば、工業製品の分野においては、一般に「シート」とは、長さ及び幅に比較して厚さのきわめて小さい形状のプラスチックをいい、「フィルム」とは「シート」の薄いものをいうと理解されていることが認められ、本件考案の明細書(甲一)及び補正書(甲二)の記載に照らしても、本件考案において厳格に「フィルム」と区別する趣旨で「シート」の語句が使用されているとは解されないから、本件考案における「非透水性軟質合成樹脂シート」には「非透水性軟質合成樹脂フィルム」が含まれると解される。

また、イ号製品の「袋体」は、内部が二つに区分された二室構造となっているが、それぞれが独立した収納空間を有しているので、各部屋が本件考案にいう「袋体」にあたるといえる。

したがって、イ号製品の「ナイロン及びポリエチレンからなるフィルム」を用いて形成された袋体は、本件考案における「非透水性軟質合成樹脂シート製の袋体」にあたる。

イ号製品の「袋体」に「不織布」が使用されている点については、イ号製品の「袋体」は、「非透水性の軟質合成樹脂」の「シート」が不織布にラミネートされたものであり、本件考案の右「袋体」の要件を充足した上で、これに「不織布」を付加したものにすぎないから、本件考案の右「袋体」の要件の充足性を肯認する妨げとはならない。

(三) 被告は、「ポリマー辞典」(増補版・平成五年一二月一〇日発行)において、「『シート』とは長さ及び幅に比較して極めて薄い平面上の成型品といい、さらに薄い膜状のものをフイルムという。通常〇・二ミリメートル厚さ以上のものをシート、未満のものをフィルムという。」と記載されていることから、「シート」と「フィルム」とは別概念であると主張する。

しかし、証拠(乙一一)によれば、「ポリマー辞典」には、被告引用の右記載に続いて「塩化ビニル樹脂の成型品では柔軟なものをシート、硬質のものを板と俗に使い分けることもある。」との記載も認められ、保冷具に関する技術分野において、被告主張のように厳密に「シート」と「フィルム」が使い分けられているとまで考えることはできない。

(四) 被告は、本件考案の出願過程における原告の主張及び出願前の公知技術を参酌し、本件考案における「袋体」を明細書の実施例に限定して解釈すべきと主張するので、この点につき検討する。

(1) 考案の技術的範囲は、願書に添付した明細書の登録請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないが(実用新案法二六条、特許法七〇条)、登録請求の範囲に記載された用語の意義については、それが一義的に明確に理解することができる場合を除いては、明細書中の考案の詳細な説明及び願書に添付された図面の記載を考慮し、出願によって開示された技術思想に照らして、客観的、合理的に解釈しなければならない。

また、出願人が出願過程において考案の技術的範囲につき一定の主張をし、これが認められて実用新案登録に至ったという事情が認められる場合には、後に考案の技術的範囲の解釈につき出願過程における主張と矛盾する主張をすることは信義則上許されないから、かかる場合においては出願過程における出願人の主張をも考慮して技術的範囲を解釈することとなる。そこでまず、出願過程における原告の主張を検討する。

(2) 証拠(乙一二、一六、一七)によれば、次の事実が認められる。

ア 原告は、特許庁審査官の実用新案法三条二項の規定に基づく拒絶理由通知に対する意見書において、右拒絶理由通知で弓用された実公四九―一三九二七号記載の考案と本件考案を対比し、右引用例に記載された「逆止弁」は「合成樹脂シートにて二重筒に形成した、内外に筒の間に入った内容物の圧力にて内外の筒を押圧することにより内容物の逆流を防止するようにしたものであって、袋体の構造が本願考案とは全く異なるとともに、高吸水性樹脂の膨張作用を利用して密封する点は、全く記載されていないから、この引用例が本願考案を示唆することは有り得ないし、また、この引用例は単なる袋に関する考案に過ぎない」と主張した。

イ 右引用例は、ウェルダー加工及びヒートシール加工が可能なシート状物質を素材として構成された「逆止弁」の構造にかかる考案であり、右「逆止弁」と組合わせる「袋体」等については何ら考案の対象としていない。

ウ 右引用例の図面には、「逆止弁」と四周を接合加工した袋状物を組合わせた実施例が記載されている。

(3) 右認定事実からすれば、右アの原告の主張は、右弓用例における「逆止弁」の構造と本件考案における「パイプ」の構造を比較して、「袋体」の構造が異なる旨主張しているものと解され、被告主張のように右弓用例の実施例に記載された「袋状物」と本件考案の「袋体」を比較してのものではないと解されるから、出願過程における原告の右主張を参酌して本件考案の「袋体」の構成を限定解釈することはできない。

(4) 次に、被告は、本件考案における「袋体」の構成は、全部公知のものであるから、実施例どおりに限定される旨主張する。しかし、公知技術の存在によって考案の技術的範囲が実施例に限定されるかが問題となるのは、考案の技術的範囲を明細書の登録請求の範囲の記載どおりに解釈すると、その構成要件を全部充足する公知技術が存在することになる場合であり(かかる場合には右公知技術が含まれないように技術的範囲を制限的に解釈すべきかが問題となる。)、本件においては、本件考案が抵触することになる右のような公知技術の存在は認め難い。

(5) よって、本件考案の「袋体」を実施例に限定して解釈すべきとする被告の主張は採用できない。

2  本件考案の構成要件(二)の充足性

(一) 「パイプ」の用語の一般的な意味は、「ガス、液体などを導くための管又は液体を通す筒」であると解されるが、これだけでは抽象的であるので、さらに本件考案の明細書及び図面の記載を考慮して、本件考案においてその意味するところを検討する。

本件考案の明細書(甲一)及び補正書(甲二)における「登録請求の範囲」及び「考案の詳細な説明」の項の記載によると、本件考案における「パイプ」は、予めその一端を袋体外に、他端を袋体内に配置させるように取り付け、使用の際には、これを通して注水し、吸水によってゲル化又はゼリー状化した高吸水性樹脂の圧力によって偏平に押し潰されて袋体を密封する機能を有するものであることが認められる。

そうすると、本件考案における「パイプ」とは、「軟質合成樹脂シートにより製作され、吸水によってゲル化又はゼリー状化した高吸水性樹脂の圧力によって密着される程度の強度をもった、細長い偏平な筒体」を意味するものと解される。

(二) イ号製品の「逆止弁」は、別紙第一物件目録添付の「イ号製品」図面記載のとおり、二枚のポリエチレンフィルム(これが本件考案にいう「軟質合成樹脂シート」にあたることは前記のとおりである。)を重ねて左右両端を熱融着すると共に、左右両端線から斜め内側方向に熱融着線(弁部)を付加した構成のものである。また、「逆止弁」はその材質からして「吸水によってゲル化又はゼリー状化した高吸水性樹脂の圧力によって密着される程度の強度」であることは明らかである。

したがって、「逆止弁」は「軟質合成樹脂シートにより製作され、吸水によってゲル化又はゼリー状化した高吸水性樹脂の圧力によって密着される程度の強度をもった、細長い偏平な筒体」に「弁部」を付加したものであるといえる。

(三) 「弁部」の付加によって「逆止弁」が本件考案の「パイプ」が有する機能及び作用効果を奏さず、あるいは同じ機能及び作用効果であってもその背景となる技術的思想が異なる場合は、「逆止弁」は、もはや本件考案の「パイプ」の範疇に含まれないと解されるので、この点について検討する。

まず、「弁部」の付加に関わらず「逆止弁」も本件考案の「パイプ」と同様に袋体外から袋体内への注水機能を有することは明らかである。

次に、袋体の密封機能、すなわち、袋体内容物の逆流防止機能の点であるが、証拠(甲七)及び弁論の全趣旨によれば、「逆止弁」も本件考案の「パイプ」と同様に、高吸水性樹脂の圧力によって圧着されることで、初めて逆流防止機能を有するものであって、「弁部」の存在は、注水時に「逆止弁」の開口部から袋体内に空気が混入するのを防止することによって、高吸水性樹脂の圧力による逆流防止機能をより効果的に発揮させるものに過ぎないと認められる。

そうすると、イ号製品の「逆止弁」は、本件考案の「パイプ」と同一の技術的思想のもとに同一の機能、作用効果を奏するものであるといえるから、本件考案にいう「パイプ」の範疇に含まれると解され、イ号製品は本件考案の構成要件(二)を充足する。

(四) 被告は、本件考案の技術的範囲が明細書の実施例に限定されることを前提に、本件考案の「パイプ」は、(1) 「袋体」と同一の材料で形成され、かつ、(2) その外周面と「袋体」とを熱融着することによって取り付けられるものであることを要すると主張するが、前記のとおり、右前提を採用できない本件においては、被告の主張を採用して本件考案の構成要件(二)の充足性を論じることはできない。

3  以上のとおり、イ号製品は、本件考案の構成要件をいずれも充足し、本件考案の技術的範囲に属すると認められるから、イ号製品の製造販売は本件実用新案権を侵害する。

三  ロ号ないしニ号製品の本件考案の構成要件充足性(請求原因6)

請求原因6(一)(2)の事実は当事者間に争いがなく、ロ号ないしニ号製品の「袋体」は、ナイロン及びポリエチレンからなるフィルム、すなわち、本件考案における「非透水性軟質合成樹脂シート」を材料としており、ロ号ないしニ号製品の「袋体」は、イ号製品と同様に、本件考案の「袋体」にあたる。

ロ号ないしニ号製品の「逆止弁」は、熱融着線(弁部)の形、位置及び数を除いては、その材質、構造をイ号製品の「逆止弁」と同じくしており、その機能も同じであると解されるから、イ号製品の「逆止弁」と同様に、本件考案の「パイプ」の範疇に含まれると解される。

したがって、ロ号ないしニ号製品は、本件考案の構成要件をいずれも充足し、本件考案の技術的範囲に属すると認められるから、ロ号ないしニ号製品の製造販売は、本件実用新案権を侵害する。

四  ホ号及びヘ号製品の本件考案の構成要件充足性(請求原因7)

請求原因7(一)(2)の事実は当事者間に争いがなく、ホ号及びヘ号製品の「袋体」は、非透水性のポリエチレンフィルム、すなわち、本件考案における「非透水性軟質合成樹脂シート」を材料としており、ホ号及びヘ号製品の「袋体」は、イ号製品と同様に、本件考案の「袋体」にあたる。ホ号及びヘ号製品の「逆止弁」は、熱融着線(弁部)の形、位置及び数を除いては、その材質、構造をイ号製品の「逆止弁」と同じくしており、その機能も同じであると解されるから、イ号製品の「逆止弁」と同様に、本件考案の「パイプ」の範疇に含まれると解される。

したがって、ホ号及びヘ号製品は、本件考案の構成要件をいずれも充足し、本件考案の技術的範囲に属すると認められるから、ホ号及びヘ号製品の製造販売は、本件実用新案権を侵害する。

第三  原告の承諾について

一  証拠(甲一六、一九、乙二七の1、三一、三二の1ないし4、三三、証人鈴木義夫、被告代表者<ただし、後記採用しない部分を除く。>)によれば、次の事実が認められる。

1  原告の従業員坂根は、平成二年一二月一三日、被告を訪問し、被告が製造販売している製品(保冷具)は、本件考案の技術的範囲に属するものであり、右製造販売行為は、本件実用新案権を侵害するから、中止するように申し入れた。これが、原告と被告との最初の接触であり、原告は、その後も被告に対し、侵害行為の中止を要求したが、被告は、侵害の事実を認めなかった。

2  シックは、釣り餌の輸入、販売を業とする会社であるところ、平成四年終わりころ、被告が不織布を使用した保冷具を製造していることを知り、被告に対し、保冷具を納入して欲しいと依頼した。そこで、被告は、シックが希望する商品の試供品としてロ号H製品をシックに納入し、さらに、その改良型の試供品としてホ号J製品を納入し、最終的に、ホ号K製品の受注を受け、平成五年九月までの間、シックに対し、完成した商品であるホ号K製品二万一四五八袋を販売した(試供品であるロ号H物件及びホ号J製品は無償で提供された。)。

3  原告の従業員鈴木は、平成五年三月三〇日、被告を訪問し、被告の商品は、本件実用新案権を侵害するものであるから、製造を中止して欲しい、その代わりとして、原告の製品「テクノアイス」を取り扱って欲しいと要望し、被告は、同年六月八日、原告から「テクノアイス」二万袋を合計六七万九八〇〇円で購入したが、鈴木は、同年六月末ころ、原告の取引先である釣り餌店で被告の商品を見かけたので、被告に対し、本件実用新案権の侵害にあたるから中止するように警告した。

4  被告は、平成五年七月初めころ、原告に対し、取引先からの注文に応じるため、被告が供給する弁、袋体を使用して釣り餌用保冷具二万袋を加工して欲しいと依頼したが、その後、原告に材料を送付することはなく、右取引の話は立ち消えとなった。

5  鈴木がシックを訪問したのは平成六年二月になってからである。

二  右認定の事実経過によると、ロ号H製品及びホ号製品の製造販売が、原告と被告との共同の営業活動の中で行われたとか、被告がこれら製品を製造販売することにつき原告が承諾していたとの事実は到底認められない。

三  被告は、平成五年一月ころ、鈴木からシックを紹介され、原告と共に同社に対する営業活動を行い、その中で右製品を製造販売したと主張し、被告代表者の供述の中にも右主張に沿う部分がある。

しかし、右供述部分は、シックとの取引が、市場で販売されている被告の商品を知ったシックからの電話がきっかけであるなどと一貫しておらず、侵害行為の中止を要求していた原告が、なぜ被告に取引先を紹介したのかという点を明確にできないというものであり、疑問点が多く採用することができず、他には被告の右主張を裏付ける証拠はない。

したがって、ロ号製品のうちH物件及びホ号製品の製造販売について原告の承諾があったとする被告の抗弁は理由がない。

第四  本件和解契約及び原告の差止請求について

一  抗弁2(一)の事実は、当事者間に争いがないところ、証拠(乙二七の1、2、検甲八、一三ないし一六)及び弁論の全趣旨によれば、被告が三井物産から買い受けたイ号製品は、別紙Ρ物件写真の製品(以下「イ号P製品」という。)であり、被告が三井物産から買い受けたハ号製品は、ハ号Μ製品及びハ号N製品であること、したがって、和解物件は、具体的には、イ号Ρ製品、ロ号O製品、ハ号Μ製品及びハ号N製品の四種類の商品であること、被告は、ロ号O製品は既に完売しているが、イ号Ρ製品、ハ号Μ製品及びハ号N製品の三種類の商品については、現在も相当数の在庫を抱えていることが認められる。

二  乙第二八号証(本件覚書)によれば、エスピー社は、本件和解契約の際、原告に対し、平成四年一〇月一日以降、本件実用新案権侵害行為を行わないことを約したこと、その約束が本件覚書4項に記載されていることが認められる。

しかしながら、エスピー社が、右約束を履行する意思を有していなかった、あるいは、履行する意思がないのにあたかもその意思があるかのように装って本件和解契約をしたとの事実を認めるに足りる証拠はないから、本件和解契約にかかる原告の意思表示が、錯誤によって無効であるとか、エスピー社の詐欺によってされたものであるとは認められない。

また、本件和解契約書に原告主張の停止条件が付されていることを認めるに足りる証拠はない。

三  原告は、本件和解契約を締結することにより、和解物件については、和解契約の当事者からこれを取得した者に対しても本件実用新案権に基づく差止請求権及び損害賠償請求権を放棄しているものと解される(そうでなければ、和解当事者が転得者から責任追及を受ける可能性があり、和解が意図した紛争の解決が実現しない。)。

そして、原告が三井物産に対して本件和解契約を解除する旨の意思表示をしたとの事実は認められないから、結局のところ、被告が、三井物産から買い受け、現在も在庫として所持しているイ号P製品、ハ号M製品及びハ号N製品の三種類の商品については、原告は、その販売の中止を求めることができないことになる。

四  しかしながら、本件の差止請求は、被告が現に所持する被告製品の販売の中止のみならず、将来も被告製品の製造及び販売をしないという不作為を求めるものであるところ、被告が、平成五年三月三〇日、被告の商品が本件実用新案権を侵害するとの注意を受けながら平成五年九月までの間シックに対しホ号K製品を販売していたこと、被告が、その取扱いにかかる被告製品全部について本件実用新案権を侵害することを全面的に争っていることからすれば、将来にわたり、被告製品を製造販売するおそれを一般的に否定することは困難である。

したがって、和解物件の在庫であるイ号P製品、ハ号Μ製品及びハ号N製品の商品以外の被告製品についての、将来、被告製品の製造及び販売をしないという不作為を求める原告の差止請求は理由があることになる。

第五  原告の損害賠償請求について

一  前記のとおり、和解物件についての損害の賠償請求は理由がなく、ロ号H製品及びホ号J製品は、試供品としてシックに無償で提供されたものであるから、結局、被告製品の販売利益が原告の損害となるという意味で、原告が損害の賠償を求めることができるのは、商品として製造販売されたニ号製品、ホ号K製品及びヘ号製品についてだけということになる。

二  原告が、被告製品と同様の「弁部」を付加した「逆止弁」を使用した保冷具を実際に製造販売していることは、当事者間に争いがないが、既に説示のところから明らかなとおり、そのような「逆止弁」は本件考案の「パイプ」にあたるから、原告は、本件考案を実施していると認められる。

三  証拠(乙三一、三二の1ないし4、三五の1ないし4、三六の1ないし3、三七、三八、三九の1、2、四〇の1、2、四一の1、2、四二の1、2、四三の1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば、被告が平成元年一月一日から平成五年一二月三一日までの間に、ニ号製品、ホ号K製品及びヘ号製品の製造販売によって得た利益の額は、次のとおりであると認められる。

1  ニ号製品(検甲一二号証の製品)

販売数量 二万八三〇〇袋

一袋当たりの販売価格 六五円

一袋当たりの利益額 一五・二〇円

全体の利益額 四三万〇一六〇円

2  ホ号K製品(検甲一一号証の製品)

販売数量 二万一四五八袋

一袋当たりの販売価格 五〇円

一袋当たりの利益額 三一・七〇円

全体の利益額 六八万〇二一九円

3  ヘ号製品(検甲三号証の製品の類似品)

販売数量 二万八六〇〇袋

一袋当たりの販売価格 四〇円

一袋当たりの販売利益 一二・七五円

全体の利益額 三六万四六五〇円

4  1ないし3の全体の利益額の合計 一四七万五〇二九円

四  原告が本件訴訟の提起・追行を原告訴訟代理人弁護士及び原告輔佐人弁理士に有償で委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、本件訴訟の事案の内容、審理の経過、差止請求及び損害賠償請求が認容された範囲等にかんがみれば、被告が原告に対して賠償すべき弁護士及び弁理士費用の額は、七〇万円とするのが相当である。

第六  結論

以上の次第で、本件請求は、イ号P製品、ハ号Μ製品及びハ号Ν製品の販売差止めを除く被告製品の製造及び販売の差止請求並びに二一七万五〇二九円の損害賠償金及びこれに対する平成六年一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払請求の限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条を、仮執行の宣言につき同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹中省吾 裁判官 橋詰均)

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